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ラーメン完食失敗で…無銭飲食逮捕(2007年7月28日 読売新聞〔リンク先は既に変更されているようですので,以下の引用を参照して下さい。〕)という記事で報道されていた事件の内容が興味深かったので,これを題材に故意について考えてみたいと思います。
以下検討する内容は,多分に思考実験のための仮定・条件を付け加えているため,事実と異なる部分も多くあろうかと思います。そのつもりで,お読み下さい。
事件の概要
無銭飲食が詐欺罪となる構造の確認
無銭飲食(食い逃げ)は,詐欺罪(刑法246条1項,いわゆる「1項詐欺」)となります(注)。報道では,どのような被疑事実に基づいて現行犯逮捕されたのか明らかではありません。しかし,1項詐欺である可能性が高いように思います。
注:無銭飲食が詐欺罪となるパターンは,いくつかあります。初めから代金を支払うつもりもなく注文した場合(すぐ後にでてくるCase1)には,注文した食べ物という「財物」をだまし取ったことになるため,刑法246条1項の詐欺罪(1項詐欺)が成立します。その後,店を出て行く際に,「財布を会社に忘れてきたので,とりにいってくる」と嘘を言って逃げた場合には,代金を支払わねばならないという債務を,店員を騙すことによって免れているため,刑法246条2項の詐欺罪(2項詐欺)が成立します(この場合,2つの詐欺罪が成立するのではなく,まとめて一つの詐欺罪が成立すると,私は考えます)。初めは無銭飲食をするつもりがなかったけれども,支払いの段になって財布がないことに気がつき,嘘を言って逃げてしまう,という場合も,2項詐欺になります(2007年10月15日追記)。
この場合,料理を注文した時点で詐欺未遂,料理が机におかれた時点で,詐欺罪(既遂)が成立します。『本当は,代金を支払う能力も,つもりもないのに,それがあると見せかけて,料理を注文する行為』が,飲食店の従業員を騙したという「欺罔行為」と評価されます。そして,この「欺罔行為」によって,『支払をするだけの能力(財力)と支払をする意思がある』と従業員が勘違いをして,その勘違い(錯誤)を前提に,注文された料理(財物)を配膳する(交付行為)ことで,詐欺罪(いわゆる1項詐欺)が成立する,といえるわけです。ここに争いはないと思います。
支払意思の立証に向けた捜査
さて,上の例を少し変えると,問題は一挙に複雑化します。
この場合,詐欺罪の故意が否定されるため,詐欺罪は成立しません。支払いをする意思があるので,友人が来てくれず,「万事休す…」となったときでも,詐欺罪は成立しません。『ツケで払うつもりだった』,『所持金が不足しているとは気がつかなかった』,等々…。それがたとえどんなに軽率な思い込みであったとしても,それが事実(と証明された)ならば,詐欺罪の故意が否定され,処罰されることはないわけです。
そこで,警察や検察は,支払いの意思があったのかどうか,慎重に証拠を集めることになります。先ず,所持金が不足していることを認識していたのかどうか,そして,支払いをする意思が本当になかったのかどうか。古典的な犯罪ですが,立証は意外と容易ではないわけです。
今回の事例──理論的検討
以上を踏まえて,本件に戻ります。
本件の特殊なところは,『欺罔行為・交付行為が終了した後の条件(完食すること)が成就するかどうかに,犯罪の成否がかかっている』ところであると思います。
通説である認容説に拠るならば,注文時に,『絶対に完食できる』と積極的に誤信していたならば,詐欺罪の故意が否定される結果,詐欺罪は成立しないのではないか,と考えます。
通説によれば,故意とは,構成要件に該当する客観的事実の認識と認容です。『完食できなければ代金を支払わなければならない』というシステムを知っていて(認識していて),完食できずに,支払を迫られるという事態がありうることは認識していたとしても,『絶対に完食できる』と確信していたならば,その裏返しとして,完食できない事態を認容はしていない,と言えるからです(注)。
注:認容説に対する異説の一つである実現意思説(動機説)によれば,およそ結果が発生しないことを期待することが不合理であるような状況の認識があるにも関わらず,回避措置をとらないのであれば,故意が認められることになります。本件の場合,「完食できないかもしれない」相当程度の可能性を認識していたならば,故意を認めることが出来ます。しかし,「完食できないわけがない」という積極的な認識があった場合には,やはり,故意を認めることは困難であるように思います。
訴訟法的検討
こうした故意の理解については,様々な異論があります。しかし,現実には結論が一致する場合が多く,もっぱら理論的な対立(悪く言えば,「机上の空論」)であるとも言われます。
また,事実認定のレベルで考えると,やはり結論は一致するようにも思われます。つまり,システムを理解していたならば,失敗する可能性を考えるはずで,その場合に備えて所持金を用意しておくのが通常といえます。だとすれば,『システムを知っている人ならば,結果(支払不能)を認容していたであろう』と,合理的に推認できるのではないでしょうか。あくまで認容はしていなかったという事実認定を導くためには,以前から大食いだったとか,以前にも同じ(ような)挑戦をしたことがあるとか,そういうことを主張立証する必要があるように思います。
故意を認定するためには,少なくとも犯罪事実の認識が要求されるわけですが,その認識があるかどうかを直接に把握する手段(証拠)は,自白以外にはありません。その自白を得るにしても,「認容していました」と言わせればいいというわけではなく,認容していたことが浮き彫りになるように取り調べて行かなければならないのだろうと思います。その意味でも,無銭飲食の事件は,単純なようで,興味深いものを含んでいます。
以下検討する内容は,多分に思考実験のための仮定・条件を付け加えているため,事実と異なる部分も多くあろうかと思います。そのつもりで,お読み下さい。
事件の概要
盛岡東署は27日、住所不定、無職馬場豊容疑者(37)を詐欺(無銭飲食)の現行犯で逮捕した。所持金が底を突き、完食すれば賞金がもらえる大盛りラーメンを注文したが、6人前というあまりの量に食べきれなかった。「最近あまり食事をしておらず、食べきれると思ったが、空腹で、逆に多くの量を食べられなくなっていた」と話しているという。無銭飲食は,殺人などに比べると社会的なインパクトの小さい事件ですが,「故意」の意味と,その認定を考える上では,非常に興味深い事件です。
調べによると、馬場容疑者は同日午前0時50分ごろ、盛岡市中央通のラーメン店で、めん6玉(約900グラム)とスープ3・5リットルが入った「特製大盛りラーメン」を食べ、代金2070円を支払わなかった。
特製大盛りラーメンは、30分以内に完食すると、代金が無料になる上、賞金5000円ももらえる。
ラーメン店によると、馬場容疑者は、一心不乱にラーメンを食べ、時間内にめんは食べきったが、スープを半分残して、そのままカウンターに突っ伏すように寝始めた。店が込み始めた午前2時30分ごろ、店員が起こして支払いを求めたところ、7円しか持っていなかったという。
無銭飲食が詐欺罪となる構造の確認
無銭飲食(食い逃げ)は,詐欺罪(刑法246条1項,いわゆる「1項詐欺」)となります(注)。報道では,どのような被疑事実に基づいて現行犯逮捕されたのか明らかではありません。しかし,1項詐欺である可能性が高いように思います。
注:無銭飲食が詐欺罪となるパターンは,いくつかあります。初めから代金を支払うつもりもなく注文した場合(すぐ後にでてくるCase1)には,注文した食べ物という「財物」をだまし取ったことになるため,刑法246条1項の詐欺罪(1項詐欺)が成立します。その後,店を出て行く際に,「財布を会社に忘れてきたので,とりにいってくる」と嘘を言って逃げた場合には,代金を支払わねばならないという債務を,店員を騙すことによって免れているため,刑法246条2項の詐欺罪(2項詐欺)が成立します(この場合,2つの詐欺罪が成立するのではなく,まとめて一つの詐欺罪が成立すると,私は考えます)。初めは無銭飲食をするつもりがなかったけれども,支払いの段になって財布がないことに気がつき,嘘を言って逃げてしまう,という場合も,2項詐欺になります(2007年10月15日追記)。
刑法246条 人を欺いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。先ずは,より単純な事例で考えます。
Case1:
所持金が代金には到底充たないことを知りつつ,飲食店に入り,料理を注文した。
この場合,料理を注文した時点で詐欺未遂,料理が机におかれた時点で,詐欺罪(既遂)が成立します。『本当は,代金を支払う能力も,つもりもないのに,それがあると見せかけて,料理を注文する行為』が,飲食店の従業員を騙したという「欺罔行為」と評価されます。そして,この「欺罔行為」によって,『支払をするだけの能力(財力)と支払をする意思がある』と従業員が勘違いをして,その勘違い(錯誤)を前提に,注文された料理(財物)を配膳する(交付行為)ことで,詐欺罪(いわゆる1項詐欺)が成立する,といえるわけです。ここに争いはないと思います。
支払意思の立証に向けた捜査
さて,上の例を少し変えると,問題は一挙に複雑化します。
Case2:
所持金が代金には到底充たないことを知りつつ,飲食店に入り,料理を注文した。しかし,食事が終わったあとで,友人に来てもらい,立替払いをしてもらうつもりだった。
この場合,詐欺罪の故意が否定されるため,詐欺罪は成立しません。支払いをする意思があるので,友人が来てくれず,「万事休す…」となったときでも,詐欺罪は成立しません。『ツケで払うつもりだった』,『所持金が不足しているとは気がつかなかった』,等々…。それがたとえどんなに軽率な思い込みであったとしても,それが事実(と証明された)ならば,詐欺罪の故意が否定され,処罰されることはないわけです。
そこで,警察や検察は,支払いの意思があったのかどうか,慎重に証拠を集めることになります。先ず,所持金が不足していることを認識していたのかどうか,そして,支払いをする意思が本当になかったのかどうか。古典的な犯罪ですが,立証は意外と容易ではないわけです。
今回の事例──理論的検討
以上を踏まえて,本件に戻ります。
本件の特殊なところは,『欺罔行為・交付行為が終了した後の条件(完食すること)が成就するかどうかに,犯罪の成否がかかっている』ところであると思います。
通説である認容説に拠るならば,注文時に,『絶対に完食できる』と積極的に誤信していたならば,詐欺罪の故意が否定される結果,詐欺罪は成立しないのではないか,と考えます。
通説によれば,故意とは,構成要件に該当する客観的事実の認識と認容です。『完食できなければ代金を支払わなければならない』というシステムを知っていて(認識していて),完食できずに,支払を迫られるという事態がありうることは認識していたとしても,『絶対に完食できる』と確信していたならば,その裏返しとして,完食できない事態を認容はしていない,と言えるからです(注)。
注:認容説に対する異説の一つである実現意思説(動機説)によれば,およそ結果が発生しないことを期待することが不合理であるような状況の認識があるにも関わらず,回避措置をとらないのであれば,故意が認められることになります。本件の場合,「完食できないかもしれない」相当程度の可能性を認識していたならば,故意を認めることが出来ます。しかし,「完食できないわけがない」という積極的な認識があった場合には,やはり,故意を認めることは困難であるように思います。
訴訟法的検討
こうした故意の理解については,様々な異論があります。しかし,現実には結論が一致する場合が多く,もっぱら理論的な対立(悪く言えば,「机上の空論」)であるとも言われます。
また,事実認定のレベルで考えると,やはり結論は一致するようにも思われます。つまり,システムを理解していたならば,失敗する可能性を考えるはずで,その場合に備えて所持金を用意しておくのが通常といえます。だとすれば,『システムを知っている人ならば,結果(支払不能)を認容していたであろう』と,合理的に推認できるのではないでしょうか。あくまで認容はしていなかったという事実認定を導くためには,以前から大食いだったとか,以前にも同じ(ような)挑戦をしたことがあるとか,そういうことを主張立証する必要があるように思います。
故意を認定するためには,少なくとも犯罪事実の認識が要求されるわけですが,その認識があるかどうかを直接に把握する手段(証拠)は,自白以外にはありません。その自白を得るにしても,「認容していました」と言わせればいいというわけではなく,認容していたことが浮き彫りになるように取り調べて行かなければならないのだろうと思います。その意味でも,無銭飲食の事件は,単純なようで,興味深いものを含んでいます。
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冒頭のリンク先が変更になっていましたが,変更後の記事が見つからなかったため,変更があった旨を明記しました。ご指摘ありがとうございました。
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