KSTK

気になるニュースの論点整理と法的観点からの検討,法律関係書籍を中心とした感想文。

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指定暴力団関係者のものと思われるファイルの流出が確認され、大騒ぎになっている。そうです(「指定暴力団資料が流出 組織名簿や心構え、香典支給基準…」(J-CASTニュース))。

その中から,ちょっと気になることをメモ。
それ以外で特徴的なのは、「引き直し」というエクセルのファイルだ。借金の利息の計算が簡単にできる仕組みで、いわゆる「過払い金返還訴訟」に関連したものと見られる。実際、流出したファイルの中には「訴状」というものが含まれる。訴状では、無職女性が福岡市内の信販会社に対して過払い金の返還を求めている。
過払い金返還の交渉や訴訟を引き受ける非弁活動が暴力団の資金源になっているという証左といえるように思います。

あくまで個人として,家族や親戚のため,がんばって引き直し計算をしていただけかもしれませんが…。

なお,非弁活動とは,ごく簡単にいうと,弁護士資格がないのに,報酬を得るため,他人の紛争について,交渉や訴訟をすることをいいます。非弁行為は,弁護士法72条違反となります。
(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)
第七十二条  弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。


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【主張】時効 撤廃も視野に深く論議を」(産經新聞)は,やや的外れな印象を受けました。時効の根拠を挙げながらも,結局は情緒的主張に終始しているからです。

時効(公訴時効)の根拠
時効(公訴時効,刑事訴訟法252条以下)を理由に免訴判決がなされ,刑事訴訟手続を打切ることとされている根拠としては,以下の2つが指摘されています(池田修・前田雅英『刑事訴訟法講義(第2版)』205頁)。

第一に,時間の経過によって証拠が散逸し,実体的真実の発見が困難となった状態では,適正な審理が不可能であること
第二に,時間の経過によって犯罪の社会的影響が弱くなり,刑罰の必要性が減少ないし消滅したこと(注)

注:私個人の見解としては,第二の点には納得がいきません。裁判所によって規範違反行為が認定されなければ,犯罪によって動揺した規範の効力を回復することができず,それは時の経過によって回復するものではない,と思われるためです。

産経の記事では,以下のように説明されていますが,善解すれば,同趣旨を言うものでしょう(特に第二の点について。最近は,ここでも「被害感情」を前面に出して説明するのでしょうか?恥ずかしながら,私はそうした学説を知りません。)。
時効は年月がたつと、証拠が散逸し、被害者感情も希薄になっていく、というのが主な理由とされている。
科学的証拠があれば大丈夫?
さて,産経の記事は,上記引用部分に続けて,以下のように述べ,時効撤廃という結論を導こうとします。
しかし、今は警察の鑑識技術も進み、とくにDNA鑑定の精度は飛躍的に向上している。DNA鑑定が容疑者に結び付き、解決する例も目立つ。
科学的捜査手法が発達し,それによって刑事裁判における立証も変わってきました。しかし,DNA鑑定の試料(血液,精液,毛髪など)が犯行現場に残されているとは限りません。指紋も同様です。

また,犯行現場に被疑者の血液や指紋が残されているからといって,直ちに当該被疑者を「犯人だ!」と結論づけられるとは限りません。安易にそれをやると,検察官なら上司に怒鳴られ,裁判官なら裁判長にあきれられ,弁護士(弁護人)なら解任され,そして,司法修習生なら二回試験に落第します。

殺人犯行現場の血液を例にとると,それが犯人のものであることを立証できなければ,意味がありません。現場には犯人と被害者しかいなかったことや,犯人が出血するほどの怪我を負っていたことなど,周辺事情が判明しなければならないわけです。

いわゆる科学的証拠も,結局は,他の証拠との関係において初めて威力を発揮しますから,その意味では,時間経過の影響を受けます。そして,科学的証拠を活かすには,初動捜査が肝心なのです。捜査の初期段階で,どれだけ証拠を収集し,それを保存できるかが,勝負です。いくらステキな科学的証拠があっても,それだけでは役に立ちません。

よって,いくら優れた科学的証拠が採取できるようになったとしても,それが直ちに時効制度の存在意義を打ち崩すことにはなりません。

プロファイリングがあるから大丈夫?
また産経の記事は,唐突に,プロファイリングによる犯罪捜査の話を持ち出します。
さらに、捜査手法もさまざまな方法が取り入れられている。典型的なのが証拠が乏しく、目撃情報も少ない事件の捜査で、各種の統計データや心理学的手法を用い、容疑者像を割り出すプロファイリング捜査が行われている。
プロファイリングは,確率論でもって犯人を割り出す,犯人捜索の補助的手段です。刑事裁判での立証には,使えません。なので,時効云々とは関連のない議論です。たとえプロファイリングで被疑者(犯人とは限らない)を特定しても,彼が「犯人」であるという証拠がなければ,結局,彼を有罪とすることはできません。逮捕すら難しいでしょう。

なお,当然のことながら,世田谷一家殺害事件のように,プロファイリングが用いられたにもかかわらず,未解決である事件も存在します。

産経の主張は,対立をあおるだけ
産経の記事は,以上の2点(科学的捜査の発展,プロファイリング)を指摘した後,以下のように言います。
このような現状を考えれば、殺人など凶悪、重大事件に限り、時効制度を維持していくか、撤廃も視野に検討する必要があろう。
しかし,この記事がこのような現状として指摘した上記2点が,時効の存在意義を否定するもの(時効撤廃の根拠)にはならないこと,上述の通りです。また,殺人など凶悪、重大事件に限り、時効を維持していくという提案の根拠も,全く示されていません。

そうすると,産経の記事で,時効撤廃(ないし時効制度の制限)の根拠として残るのは,被害者・遺族の無念の思いのみです。

被害者・遺族の思い,被った害悪を無視してはならないと思いますが,それのみを理由にした主張は,被害者・遺族側と,時効制度維持派の対立を深めるだけです。

おわりに(…揚げ足取り)
最後に,今年の揚げ足,取り納め。
産経の記事では,最後に,以下のように述べられています。
被害者・遺族にとってはどんなに月日が経過しようと容疑者への憎しみはかわらない。
憎しみの対象は,「犯人」であって,被疑者(容疑者)ではないでしょう。この記事では,冒頭部分でも,「犯人」とすべきところを一貫して「容疑者」と表現しています。

被疑者(容疑者)は,犯人とは限りません!

追記(2008年1月8日)
冒頭に詳解した記事に類似する記事として,「殺人など重大事件、時効を撤廃含め見直し…法務省」(読売新聞)及び「公訴時効の延長や撤廃を検討 法務省が勉強会設置へ」(産經新聞)に触れました。

繰り返しになりますが,公訴時効制度の根拠として挙げられる2つまたは3つの根拠のうち,私が支持するのは,『時間が経過して証拠の散逸し,適正な審理が困難となることの防止』のみです。

社会的影響(これに被害感情を含めたり,専ら被害感情だけを挙げる新聞記事も見られます)の減少であるとか,実質的な制裁であるとか,法的地位の安定という根拠もあります。

ですが,私は裁判において有罪と宣言されることによって,侵害された規範が初めて回復されると考えますので,仮に社会的影響が減少するとして,それが処罰をしないことの根拠にはならないと思います。法的地位の安定も同様です。

被害感情を前面に押し出す見解にも,同調できません。

犯人が不明のまま時効を迎えた被害者・遺族のおかれた状況は悲劇的ですが,結局のところ,証拠が散逸してしまったのに,『被害者が可哀想だから,犯人っぽい人を罰する』のでは,真犯人以外だれも喜びません。

また,DNA等で犯人を特定して起訴する制度も紹介されていますが,やはり私が指摘した危険は除去されないものと思います。


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新判事補75人を採用  法学未修コースで初」(閲覧には会員登録が必要)という記事によると,新61期司法修習生から,75人が判事補(裁判官)に採用され,旧61期から採用された24人と合わせると,99人が採用されたそうです。

少ない。

いかにも少ない。

新旧61期司法修習生約2000名という人数との比較ではなく,絶対数として少ないと思います。

ひまわり基金法律事務所や,各種公設事務所がそれなりに全国へ展開し,いわゆるゼロワン地域が解消した今,司法過疎地に必要とされているのは,支部に常勤する裁判官です。

そして,裁判員制度対応のため,各地の民事部での人不足が懸念されることからしても,足りないのは,裁判官です。

それが99名の増加では,いかにも少ない。

統計資料等に基づく確固たる主張ではなく,あくまで私の感想に留まるのですが,いかにも少ない。
残念です。


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体罰の女性教諭を懲戒処分
 札幌市教育委員会は18日付で、男子生徒の頭をたたくなど体罰を振るったとして市立信濃中の40代の女性教諭を減給1カ月(給料の10分の1)の懲戒処分とした。教諭は同日付で依願退職した。市教委によると、教諭は5月の給食時間中、1年の男子生徒に座って食べるよう注意。指導に従わないため服を引っ張って座らせようとしたが、抵抗され冷静さを失い、生徒の頭を平手でたたいた。興奮した生徒がみそ汁の茶わんを教諭に投げつけたことから、教諭は生徒の手の甲を数回たたいた。
この女性教諭を擁護することは、難しいように思います。

そもそも『暴力をもって物事をほしいままに実現することはできない』ということを教えるべき教師が暴力に頼ってはいけませんし(この点,体罰を禁じた学校教育法11条ただし書を持ち出すまでもないと考えます),教諭が先に手を出している上,冷静さを失いということですから,茶碗を投げつけられた後の暴行では,もはや教育目的は失われてしまったようにも思われるからです(ただし,最後の部分は,私の想像が入っています。)。

ならず者を暴力で屈服させる快感は,時代劇好きな私にとって実に共感できることでもあるのですが,それを現実に実行してよいかどうかは,全く別の話です。

減給処分が下されたのに対して依願退職しているとのことですから,教諭が地位確認の仮処分を求めるなどの訴訟には発展しないでしょう。


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2008.11.23 10:19 | 論点整理・論考 | トラックバック(0) | コメント(10) |
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裁判員制度を見据えて益々活用されている公判前整理手続では,公判の充実(短い時間で必要充分な証拠の取調べを行うこと)を図るため,争点整理とそれに基づく証拠の絞り込みが行われます。

検察官の請求する証拠それ自体がかなり絞られ(例えば,複数の捜査報告書を検察事務官が作成する捜査報告書1つにまとめるということも行われています。),弁護人との合意書面の活用が推奨され,その上で裁判所がバッサバッサと請求された証拠を却下していく(特に供述調書)ことによって,かなり証拠はスリム化されました。

しかし,そうなれば当然「証拠の削りすぎ」という問題が出てきます。

広島高等裁判所平成20年9月2日判決(平成19(わ)184)は,証拠を削りすぎたために破棄差戻をされた例なのかも知れません。しかし,原審の裁判官ばかりを責めるのは酷であるようにも思われます。当事者(特に検察官)には,より良い証拠を作成するため努力する余地があるように思うからです。

原審の判断と高裁による批判
原審は,被告人が包丁でBの顔を切りつけたこと(そしてそれが生命に対する高い危険性を持つ行為であること)を主たる根拠に殺意を認定し,殺人未遂罪の成立を認めました(また,Bの夫であるAに対する殺人も認めています。)。上記高裁判決から,原審の判断を要約した部分を引用します。
原判決は,その補足説明の項の第2の2で,被告人が,包丁でBの顔面を切りつけ,顔面刺切創の傷害を負わせたこと,被告人は,本件現場に包丁を持って行き,Bに切りつけたことを認めており,その包丁を本件後に第三者が持ち去ったような状況は窺えないところ,本件で証拠物として取り調べられた包丁(以下「本件包丁」という)以外に,本件犯行現場付近から包丁は発見されていないから,本件包丁が,被告人が携帯し本件殺人未遂に用いた凶器であると認められること,本件包丁の刃体の長さは約19センチメートルもあり,これで顔面を切りつけること自体,生命に対する危険性の高い行為であること,被告人は,執拗にBらと話をつけようとして包丁を持ち出しているから,被告人のBに対する怒りは非常に強かったと認めざるを得ないとして,被告人には殺意があったものと認められる旨説示している。
そして本件広島高裁判決は,上記の点につき,原審の証拠からでは,顔面の創傷の詳しい部位と創傷の程度が認定できないため,「生命に対する危険性の高い行為だから,殺意が認められる」との推論は前提を欠くものであるとして批判しています。
しかし,原審裁判所が取り調べた証拠によって認められる上記3の各事実からだけでは,被告人が,本件包丁で,Bの顔面のどの部位を,どの程度の力で切りつけたのかは全く不明といわざるを得ないのであって,その切りつけた部位や,その際の力加減次第では,同人の生命に対する危険が生じていたとはいえない可能性も十分に考えられる。したがって,原判決が説示するように,本件包丁で顔面を切りつけること自体,生命に対する危険性の高い行為であるとは断定し難い。
では,原審が悪いのか?
そして,この高裁判決の目を引くところは,上記引用部分の直後で,原審裁判所が証拠を削りすぎたことを示唆している点です。
ところで,原審記録,特に検察官細谷和大作成の平成19年12月17日付け意見書及び平成20年1月18日付け意見書によると,検察官が取調べを請求し,弁護人が同意意見を述べたにもかかわらず,原審裁判所が証拠調請求を却下した書証の中には,Bの負傷の部位・程度等を明らかにし,殺意の存在等を立証するために取調べを請求された,Bの負傷状況を立証趣旨とする写真撮影報告書(甲2),Bの負傷状況及び成傷状況等を立証趣旨とし,同人の創傷の深さ等について担当医師が詳細に述べた内容を録取した警察官調書(甲3),Bに対する犯行態様,殺意の存在等を明らかにするため,同人の本件被害当時の着衣の状況等を立証趣旨とする捜査報告書(甲15)が存することが明らかである。そして,これらの証拠を取り調べれば,上記4で指摘した原判決の説示についての疑問点は,氷解する可能性がある。
これだけ読むと,「原審の裁判官はアホだなぁ」という話で終わってしまいそうですが,上記引用部分で指摘されている証拠は,弁護人も同意しているということなので,合意書面という形で要約・一体化することができそうですし,弁護人との協議が整わなければ,それらを総括した捜査報告書を作成して,これを証拠請求するという方法も考えられるところ,検察官の努力が足りなかったとも評価しうるからです。

なお本判決は,Aに対する殺人の犯人性についても,これを認めるに足りる証拠が不足していることを指摘し(注),また,原審における証拠採否の経緯についても詳細に検討しています。

注:「被告人が犯人でないという証拠がない」ということで,「被告人が犯人である」という結論を導いてしまうのは非常にまずいことです。

法曹三者の信頼が必要
信頼に足る当事者(検察官・弁護人)が,十分に打ち合せをして,譲るところは譲り,十分に争点を整理した上で証拠を請求してくるのであれば,裁判所としても,あまり目くじらを立てて証拠を絞る必要はなくなるはずです。

しかし裁判所は,おそらく,そうした当事者の努力(あるいは能力)が不十分であると考え,証拠を絞りにくるのでしょう。そこであまりにも裁判所が突っ走れば,証拠を見ていない弱みから,「絞りすぎ」という結果が生じてしまうのも,やむを得ないところだと思います。

裁判所が信頼するに足る当事者が必要となるわけですが,そのためには裁判所が「信じてみる…」のが第一なのではないかと思います。もっとも,そうした信頼を裏切られ続けてきたからこその現状なのかも知れませんが。

最後に,感想。
原審は,「証拠を削れ!」といってきた最高裁の方針に従っていたところで梯子を外されたというべきか,あるいはさすがにやり過ぎだっただけというべきか…。ともかくも,証拠の採否についての意識改革が,とりあえずの詰めの段階に入ってきたのかな,という印象です。


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